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[2008.03.27]

03書籍など

ある女性広告人の告白 -その4

前回に引き続き、デビアスのダイヤモンドジュエリーの
30数年前当時のキャンペーンアイディアを見ていきたいと思う。

当時、デビアスは婚約指輪を愛のシンボルとして
ダイヤモンドをしっかりと定着させていったのだが、
その他にも人生の節目としてのキャンペーンを
いろいろと展開していった。

だが、どれもが成功したわけではない。
むしろ失敗の方が多かったようだ。


例えば...

◆結納返しにダイヤモンドキャンペーン

男性向けのダイヤモンドの宝飾品をいろいろと開発し、広告展開していったが、
当時は、やはり普通の男性にとってダイヤモンドを
つけることは大変勇気があることであり、需要を喚起できなかった。


◆成人式のダイヤモンドキャンペーン

成人式に親から娘へ本物のジュエリーをテーマに展開した。
この場合の競合は和服で、和服の方に軍配が上がったようだ。


◆エタニティリングキャンペーン

最初の子供が生まれた時に、夫から妻へありがとうの意味を込め贈るという
コンセプトだったが、ブームを起こすまでにはいたらなかった。


◆スイートテンキャンペーン

10年目の結婚記念日を祝って、
夫から妻への感謝のしるしというコンセプトで立ち上がった。
ネーミングは結婚10周年などという硬いものではなく、
より二人の愛をイメージしやすいもの、覚えやすいものとして
「スイートテン・ダイヤモンド」となった。
このキャンペーンは、ターゲットの心をとらえ、
結婚10年に限らず「スイートテンが欲しい」と
ねだる多くの妻たちが増えたようだ。


◆25thアニバーサリーキャンペーン

最も高い1カラットのダイヤモンドを売るためのキャンペーン。
夫が妻へのお礼を込めて贈るものは、
二人の思い出作りの旅行などが優位に立ち、
ダイヤモンドの価格が高かったこともあり、
一般的にはあまり受け入れられなかった。


デビアスは、このようなキャンペーンはもとより、
様々な角度から日本人にアプローチしたことにより、
1988年には、日本は世界第一位のダイヤモンド消費国になった。


これらのキャンペーンのメッセージ、表現を開発していった
「ある女性広告人の告白」の著者 小池氏。

彼女の深い知恵をもっと学んでみたい。

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プロフィール
岩本俊幸株式会社イズ・アソシエイツ 代表取締役

岩本 俊幸
 
Toshiyuki Iwamoto

・ブランド・マネージャー認定協会 理事長
・米国NLP協会公認マスター・プラクティショナー
・ハーマンモデルファシリテーター
・日経広告研究所会員

 

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